2017.06.25

ワクワクが元気の源だと、あらためて思った。



ここ数ヶ月間、ワクワクすることが、自分にとって元気の源になっていることに気づかされました。
ワクワクを感じる時って人それぞれなので、決めつけられないけれど、ぼくの場合は、何か始めるとき、作り出していくときです。その過程の中で知らなかったことを発見して、それが自分の一部になっていくことが気持ちがいい。次は何がくるかとテンションがあがります。

あらためて気づかされたキッカケは、残念ながら仕事中心の生活に偏りすぎて、身体を壊して救急車で運ばれることになってしまったからです。ストレスが原因です。でも仕事がストレスの塊かというとそうでもない。しんどいことだけじゃなく楽しいこともあります。

でもやりすぎて、生活習慣もボロボロで、ストレスで倒れてしまう結果に。なんでだろうと振り返ると、ベストコンディションの時は、仕事も私生活もワクワクできることに没頭していたなと。バランスよくどちらもやり遂げたいと思っているのか、無意識に生活習慣もすごく気を使っているなと過去のスケジュールを見返しても思います。これが正しいかどうか検証必要ですが、少なくともベストコンディション時は、その環境下にある時だと感じました。

バランスよくやってのけるのは難しいと思いつつ、実はバランスよくやってのける方法が、私生活でもワクワクできることに没頭することなんだろうなと思えました。

そういえば、子どもの頃は、ストレスで倒れることなんてなかったと思います。いつもワクワクして、学校でも家でも何かに没頭した毎日を過ごしていたんでしょうね。ということで私生活でもワクワクできることを再開して、健康管理したいと思います。

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タグ:健康
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2015.07.05

気を緩めている場合じゃないぞと気持ちを引き締める


数年前にフェイスブックで話題になったという「正藩語録 」。知人から教えてもらったのですが、やっぱりそうだよなと読みかえす度に思ってしまう言葉です。

 正藩語録

実力の差は努力の差

実績の差は責任感の差

人格の差は苦労の差

判断力の差は情報の差
真剣だと知恵が出る

中途半端だと愚痴が出る

いい加減だと言い訳ばかり
本気でするから大抵のことはできる

本気でするから何でも面白い

本気でしているから誰かが助けてくれる  


とくに意識してしまうのは、「判断力の差は情報の差」コレ以上になく身にしみます。「真剣だと知恵が出る」本気で解決したいなら、考えることをやめないことだといつも思います。「本気でしているから誰かが助けてくれる」。見ている人はちゃんと見てくれている。誤魔化したりしないで真っ直ぐに取り組みたいといつも思います。

誰が発信したものなのか、人伝手に改編されているとか、色々あるようですが、
背筋を正したくなることに変わりないものだと思います。

あらためて背筋を正したくなり、今日、読み返してみました。そして、気を緩めている場合じゃないぞと気持ちを引き締めつつ、頭を整理したくてお昼寝させていただきました。



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posted by pen at 01:23 | Comment(0) | Thought | 更新情報をチェックする
2015.05.02

初心に戻って、観察力を鍛えていきたい。



高校時代に、半年だけ絵を学びに行ったことがあります。結局、何にも身につけられなかったけれど、その時に学んだデッサンの考え方は、社会人になってから役立つようになりました。描く方法なんて色々あると思うので、その方法が正いかどうかの判断はできませんが、ぼくの場合、ハマりました。

当時通っていた絵の教室は、上手に絵を描ける「技術」みたいなことは一度も教えてくれませんでした。「描き方」なんて学びだしたら、何年もかかるよと言われた記憶があります。そこで徹底して教わったことは、絵を描く訓練ではなく「観察力」をつける訓練でした。目の前の対象物を正確に理解すること。芸術的な表現力、感性は必要ありません。だから描いた絵に対して、上手いとか下手とかそんな評価もない。どれだけ目の前の対象物から情報を引き出せるようになったのかがポイントでした。

目の前のモノをちゃんと理解できれば、その対象物のカタチ、質感や量感は、必然的に描けるでしょう、というものです。極論、理解できた情報があるのなら描かなくていいよ。でも理解した情報を客観的に人に知ってもらうには描いた方がいいよね。ってことでした。



今でこそ、なるほどなっと思いますが、お気楽な高校生活をおくっていたぼくには、全く理解できませんでした。むしろ、こんな感じ?っていう意識で描いていました。だから怒られる。分かったつもりで、「こんな感じ」のお絵描きをしてたら、いつまでたっても良質な情報は入ってきませんよ。「恥の上塗り」はやめましょう。知ったかぶりしないで、本当に理解しようと思えば、情報はどんどん入ってくるもんです。その成果はちゃんとデッサンにでてきますよと。



これって絵を描くための心構えみたいなモノだと思っていたけれど、絵のことだけじゃなく、いろんな事に言えることだなと思いました。高校時代は、描く対象物がコカコーラの瓶だったけれど、社会にでたら、対象物は、モノだったり、人だったり、組織だったり、空間だったり、建物だったり、街だったり、地域だったり、いろいろあります。その対象物のことをしっかり理解していないと、仕事にならない。何をするにも「観察力」は必要だと思えました。



そんなことを思うと、あの時教わったことは本当に面白いし、役にたつことばかりだったなとつくづく思います。覚えている限りあげてみると、鉛筆を手にしていきなり画用紙に描き始めることを注意されました。本当に理解したか?理解してから手を動かしなさい。なんとなく手を動かすのは非効率だ。基本動作は、観察して、理解して、描いてみて、見なおして、修正して、の繰り返しだけです。

対象物を理解する為のコツも教わりました。目の前にある一塊をいっきに理解しようとするのではなく、この一塊は、いくつかの群の集合体であり、その群もいくつかの部分の集合体だとしたら、情報量が少ない部分から理解していけばいい。見た目の輪郭から描き出すのではなく、中身を理解しなさい。中から理解していけば、輪郭は必然的に見えてくる。

ピカっと光っているのか、鈍く光っているのか、その光の周りの色調の変化を知ることで、素材の質感が理解できる。一般の方が9段階の色調しか理解できないとすれば、プロなら27段階まで見極められるようになりましょう。

目の前の対象物の一番明るい部分、一番暗い部分は、隣に別の対象物か置かれた瞬間に一番ではなくなる可能性がある。常に相対的に考えなさい。

制限時間内にどれだけ、「✕」をみつけて「◯」に替えていけるかが勝負。「✕」を「✕」のまま残しておいても最後に「◯」にはならない。

アウトプットされるものは、水面に少しだけ見える島のようなもの。その水面下に膨大な情報が隠れている。観察していけば、本質が見えてくる。



20年くらい前のことだから、全部を思いだせないれど、こんなことを毎週聞かされていたなーと懐かしく思ったのと、今の自分の仕事に置き換えたてみて、ちゃんとできてるかなとも思いました。ちゃんと目の前のものと向き合い、課題の本質を見極めて、問題を解決していけてるだろうか。小手先の技に無意識に頼ってないだろうか。「✕」を見て見ぬふりしてないだろうか。

質の高い仕事ができるように初心に戻って、観察力を鍛えていきたいと思いました。

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