2015.03.29

世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」のひとつ高野山にいってきました。

少し都会を離れて、観光気分で、一日を過ごせる場所に行きたくなり、まだ一度も訪れたことがなかった和歌山県の高野山に行って来ました。高野山は、2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」のひとつとして、奈良県吉野・大峰、三重県熊野三山とともにユネスコの世界文化遺産に登録され、日本国内だけでなく、世界各国の方々も数多く観光に訪れています。高野山に信仰目的で訪れている方々にとっては、聖地でもある中、思いつきの観光気分で訪れて申しわけありません。



高野山は、平安初期に弘法大師・空海が開いた日本仏教の聖地で、今年、1200年目になるそうです。空海は、平安時代初期の僧で、真言宗の開祖。日本天台宗の開祖である最澄と共に、それまで高貴な位の人たちの専有物だった仏教を広く民衆に広めることに成功した方です。今回、高野山に行くにあたって高野山について調べていたら、空海と最澄の生きた道にも触れることができ、人としても興味も湧き、そんが方が開いた高野山ってどんな場所だろうと関心が深まりました。

大阪から日帰り観光がテーマでしたので、電車とケーブルを使って高野山へ。大阪難波駅から南海高野線の急行で乗り継ぎ、約2時間程で到着。高野山駅下車後はバスで大門前に。



着いて驚きですが、山の上なのに、里山というより平野の街と変わらない印象です。東西約6キロ南北3キロの盆地がこの山の特徴で、山上宗教都市と言われていることも納得です。さっそく日帰りコースで、大門から霊場のある奥の院までを散策することにしました。大門は、11世紀末頃に高野山の総門として現在の場所に建てられたということです。現在の建物は、1705年に再建されたもので、重要文化財に指定されています。両脇に金剛力士の阿形と吽形が立つ大門を潜って奥の院を目指します。









大門から歩いて数分で「檀上伽藍」に到着。檀上伽藍は、奥の院と共に高野山の二大聖地とされています。檀上伽藍には、朱色の美しい塔があります。大塔と呼ばれるこの塔は、弘法大師が真言密教の根本道場のシンボルとして建立されたそうです。塔の中には、、胎蔵大日如来(たいぞうだいにちにょらい)が安置され、周りを金剛界の四仏が取り囲み、16本の柱には十六大菩薩が描かれ、四隅の壁には密教を伝えた八祖像も描かれ立体曼荼羅(まんだら)を構成しています。撮影禁止でしたので写真でお伝えできませんが、とても美しかったです。曼荼羅をしっかり理解していれば、その構成も含め、もっと楽しめたんじゃないかと悔みます。











檀上伽藍を後に、次は「金剛峯寺」に。元は真然大徳とう方のお住まいがあったということですが、歴史的な経緯のもと、現在は、高野山真言宗三千余寺、信徒約一千万人の総本山として、高野山真言宗管長兼金剛峯寺座主の住まいとなっているとのこと。拝観料を収めて、見学することができます。









中では、大広間や持仏間や、美しい襖絵の間を観ることができます。奥の新別殿では、参拝者の休憩所としてお茶をいただけます。新別殿の隣には奥殿があり、周りに「蟠龍庭(ばんりゅうてい)」と呼ばれる国内最大級を誇る石庭があります。石庭は、雲海の中で向かって左に雄、向かって右に雌の一対の龍が向かい合い、奥殿を守っているように表現されているそうです。
石が龍で、砂が雲海を表しているなんて、日本人の感性って素敵だなと思います。そういえば、子どもって砂場でもどこでも、そこにあるものを何かに見立てて遊んだりしているなと思いかえすと、石庭の造形を思いついた人って子どもの遊びをみて思いついたんじゃないかと思ったりします。







金剛峯寺の見学後、ちょうどお昼時間です。「梵恩舎(ぼんおんしゃ)」という菜食ランチをいただけるカフェで休憩しました。旬の土地の野菜を使って、イタリアンやフランスの家庭料理風の料理をいただけいます。カフェは古い民家を改装されたそうで、中には、絵画や陶芸など地元の作家さんの作品が展示販売されています。オーナーさんは世界を旅して、五カ国の会話ができるそうです。確かにお店に来店されるアジア系のお客さんから欧米の方まで流暢におしゃべりして、案内されていました。席数は少ないので、静かでゆったりと食事ができるお店です。ランチも美味しくいただけました。





ゆっくり休憩した後は、メインの奥の院へ。参道入り口の一の橋には、高くそびえたつ何百年もの樹齢の杉が見えてきます。厳かで気持ちがピリっとするのと清らかな気分とが同時にやってきます。伊勢神宮もそうですが、自然の造形といっても人の手が加えられた森と考えると人間って本当に凄いなと思います。霊場に入るという意識もあるかもしれませんが、姿勢を正す気持ちになれる空間を、誰かが自然の造形込で設計しているんだろうなーと感じます。













一の橋から弘法大師御廟(こうぼうだいしごびょう)に向かう道中には、少しでも弘法大師の近くで供養されたいと願う数十万基を超える各時代の、さまざまな人々の供養塔が立ち並んでします。武田信玄や織田信長、豊富家など著名な武将のお墓がたくさんあります。またパナソニックなどの大企業の墓所もたくさんあり、独特な墓所もちらほら。ヤクルトの墓所は、あの小さなヤクルトの小瓶を型に造形された石がありました。パートナーは不謹慎にも墓所に向かって「かわいい」を連発していました。

途中、「中の橋」という橋を渡ります。ここを流れる河は三途の川を表しているようで、この橋を渡ると、これから先は死の世界にはいるという意味になるそうです。その橋をわたってすぐに「汗かき地蔵」の堂があります。世の中の人々の苦しみを、お地蔵様が身代わりになり一身に受け入れているので、いつも汗をかいていると伝えられています。そのお堂の横には井戸があり、井戸を覗いて、自分の影が映らない場合は3年以内に亡くなるとされています。覗いてみると当たり前ですが、ちゃんと光に反射して水辺に姿が映り込みます。迷信でもお互い3年は生きているなということで先に進みました。



さらに奥に歩いて、「御廟橋(ごびょうばし)」に到着。この橋を渡ると大師御廟への霊域となり、橋の前で服装を正し、礼拝し、清らかな気持ちで霊域にふみ入れる準備をします。この橋は、36枚の橋板と橋全体を1枚として37枚と数えるそうです。この37は、金剛界37尊を表していると言われ、橋板の裏には、仏様のシンボルの梵字が刻まれているとのこと。金剛界とは、密教で説く両部のひとつで、大日如来を智慧の面から表した部のことを金剛界というそうです。37尊とは、金剛界五仏、十六大菩薩、四波羅蜜(しはらみつ)菩薩、内外の四供養菩薩、四摂(ししょう)菩薩の以上37尊のことを示すそうです。奥が深そうで、ますます曼荼羅に興味が湧いてきました。

その橋の下を流れる川は、玉川といい、奥の院裏山の霊峰楊柳山より流れ出る清水ということです。玉川を背にして金仏の地蔵菩薩や不動明王、観音菩薩が並んでします。ここで奥の院に参詣する方は、ご先祖の冥福をお祈りするそうです。







橋を渡って道はずれに、「弥勒石(みろくいし)」というものが籠の中に収められてあります。この石は、「善人には軽く、悪人には重い」と謂われ、別名「重軽石」と呼ばれています。本来は、弥勒菩薩と縁を結ぶための結縁石だと考えられているようです。さっそくパートナーが籠の中に手をいれて石を触りました。そして、あっ重い!!私、悪人やぁと悲しそうに叫んぶので、後ろの順番待ちの老夫婦からお嬢ちゃん大丈夫だからねという優しい笑いを頂きました。あなたの小さな手と細い腕ではそりゃ重いでしょう。。



寄り道をせず御廟橋から石畳みの参道を真っ直ぐ歩いて階段を登ると「燈籠堂(とうろうどう)」があり、お堂の中は、全国の信者から献ぜられた万燈が堂を埋めて、たくさん灯火が揺らめいています。そしてお堂をぐるっとまわった先に、弘法大師御廟があります。転軸、楊柳、摩尼の三山の千年杉に周囲を囲まれ、奥深く厳かな聖陵が広がっています。






奥の院の参詣後、「みろく石本舗かさ國」にて休憩。くるみ餅と焼き餅(草)、いも餅をいただきました。くるみ餅と焼き芋がとても美味しく、お土産に購入。ちにみにこのお店の名物は「みろく石」という饅頭です。





のんびりと休憩したあとは、最後に「女人堂」に足を運び、お堂前のバス亭から高野山駅に戻りました。最初は、バスを使って移動しようかと思っていましたが、じゅうぶん歩きで高野山を探索できました。次は、宿泊できる施設でくつろぎながら、精進料理をいただき、早朝の静かな町を散歩をしてみたい。



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posted by pen at 23:01 | Comment(2) | Trip | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
高野山に行って来られたんですね!
私たちも一応行く予定にしています。
特別公開されているのでそれを楽しみに(^.^)

高野山は初めて訪れたのは小学校5年の林間学校です。
宿坊に泊まるので夜は怖かったです、おばけ話が出ますよね、
子供だから(笑)

みろく石さんのいも餅、興味津々。。。
見つけられるかな(*'ω'*)
Posted by *yoshimin* at 2015年03月30日 15:36
yoshiminさんへ

林間学校で行かれたことあるんですね。
子どもだと、場所的にも怖い話で盛り上がりそうですね。(笑)

そういえば、
小中高の時は、高野山=お化けがいる怖いとこって
イメージでした。

いつの間にか、
そんなこと考えなくなっていました。
不思議です。

Posted by PEN at 2015年03月30日 23:49
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